ソリッド/アトラクティヴ試論:デレク・ベイリーの受容について


引き続き、フリーペーパー『三太』における杉本拓氏の「ソリッド/アトラクティヴ」論と、キッドアイラックホールの『三太座談会』に触発されて、俺なりに「ソリッドなもの」と「アトラクティヴなもの」についての考察を試みてみる。


ちなみに、これは飽くまで杉本氏の論考に触発されての俺なりの論考であって、別に杉本氏にケンカ売ったりイチャモンつけたりするものではない(笑)。


前回のエントリー(http://d.hatena.ne.jp/Bushdog/20060827#p1)の繰り返しになるが、『三太』での杉本氏の「ソリッド/アトラクティヴ」論はこのように始まる。

私がこれから書こうとするのは、極めて漠然とした分け方しかできないが、ある二つの芸術のあり方の対立、その境界線で起こっている事、そして一方の世界からもう一方の世界への移行である。

(中略)

ふたつの世界とは―とりあえずの命名ということで許してほしいが―「ソリッドなもの」と「アトラクティヴなもの」である。「アトラクティヴなもの」は「ソリッドでないもの」すべてである。99%以上のものがこちら側に属する。なので圧倒時にこちらの世界のほうがポピュラーである。当然人気も高い。

(中略)


さて、いきなりだが、デレク・ベイリーは「アトラクティヴなもの」の世界に入る。昔はそうでなかった可能性は高いが(確実であろう!)現在の視点からは、ベイリーが「ソリッドなもの」の世界に認識されていたことを想像するのはそれほどたやすくはない。かつてそうしていた様に今ベイリーの音楽に接することはもうできなくなっているからだ。

(杉本拓「ふたつの世界」2006年2月 『三太』1号所収)


前のエントリーで俺は「まさにそのとおりである。」と記した。俺自身のこの思いは原則今でも変わらないが、以下に若干補足・修正したい。


あの後色々と考えたのだが、若干、疑義というか異論がある。それは以下の2点:

  1. 「かつてそうしていた様に今ベイリーの音楽に接することはもうできなくなっている」ことは、はたして全世代に敷衍しうるのか。
  2. 「想像するのはそれほどたやすくはない」「もうできなくなっている」というのは本当か。

まず1について。


2006年現在、こういう(即興だの音響だのという名前の冠せられた)音楽を聴く層って、世代的には20代前半から50代までに渡っている。その全世代の音楽体験を一からげに括って「かつてそうしていた様に」は「もうできなくなっている」と言い得るのか。


例えば「高校時代は音響派ってコーネリアスとかフィッシュマンズみたいのかと思ってた(笑)」という現在20代前半の女の子が、上京して美學校の伊東先生のクラスに出席したり、東大の菊地先生+大谷先生の授業に潜り込んだりして、生まれて初めてベイリーの「バキューン、ピョーン、キャーン!」とかいう演奏に触れたとしたら、その体験はりっぱに「確実にソリッドなもの」なのではないか。


さらに言えば、70年代、ベイリーらの活動をオンタイムで同時代として聴いていた日本の若者のベイリー体験が、本当にピュアな、ファースト・インパクト的な「ソリッドなもの」の体験だったのかというのも、俺にはどうも疑問である。


ぶっちゃけていうと、間章の「デレク・ベイリーのまばゆさの中から」だの「未在のアナルキィア」だのといった、意味不明な惹句にシビレただけなんじゃねぇの、という疑念がどうにもぬぐえない。それが果たして本当に莢雑物なしに音楽に向き合った経験と言えるのかと。


それだったら、2006年、美学校サウンド視覚表現クラスとか東大の菊地・大谷講座で初めてベイリーに接したという体験のほうが、むしろ、“終りなき闘争”だの“ジャズの死”だのと余計なことを考えずに聴いてられるだけまだレア(生)でピュアな音楽体験なんじゃないの、という気がする。


まぁ70年代の青年たちも“終りなき闘争”だの“ジャズの死”だのを素朴に信じられたという点ではナイーヴでピュアだったとも言えるわけだが。


(続く:長くなってたので項を改める)