10/9 横濱インプロ音楽祭2005@山手ゲーテ座


横濱インプロ音楽祭
http://park19.wakwak.com/~museum/page003.html
http://www.dynamic-switzerland.jp/jpn/index.php
http://www.nikbaertsch.com/
http://www.bodytaster.com/


グダグダしていたら15時〜の Lauren Newton/Urs Leimgruber/Jacques Demierre/Barre Phillips を見逃してしまった....。orz


会場に着いたらMikikoさんから「勿体ないお化けが出るぞ〜〜」とおどかされたのだが、そのとおりの結果になったのであった....(後述)

  • 斎藤 徹/Barre Phillips(contrabass)デュオ
  • Nik Bärtsch's Mobile
    • Nik Bärtsch(p)
    • Mats Eser(marinba,vibraphone, perc)
    • Sha(bassclarinet)
    • Kasper Rast(ds)
  • Body Garage
    • Imre Thormann(舞踏)
    • Yoshie Ogiwara(舞踏)
    • Tomomi Tanabe(舞踏)

斎藤/Phillips デュオ

今年もまた、2頭のライオン――ヘッドに獅子の彫刻を持つ2本のコントラバス――が顔を合わせた。2004年ツアー以来の斎藤/Phillipsデュオだ。


2頭のライオンの由来については、下記が詳しい:

Improvised Music from Japan
― A TALE OF TWO LIONS / 2頭のライオン物語
http://www.japanimprov.com/saitoh/saitohj/twolions/
Web-Critique
― 2頭のライオン物語:バール・フィリップス&齋藤徹デュオツアー 野々村 禎彦
http://www.web-cri.com/
("Brief Report" の04/12/04,05,11,12参照)


ご存知の通り斎藤徹氏は卓越した即興演奏家である。ただそのレヴェルの高さゆえ、対等に渡り合える――渡り合うという表現がフリー・インプロヴィゼーションに似つかわしくないなら“交感”できる、と表現すればよいか?――演奏家は限られてくる。ミシェル・ドネダ、ジョエル・レアンドル、レ・カン・ニン(来日切望!)、千野秀一、今井和雄....。


“交感”できる共演者でさえそうなのに、斎藤氏を“遊ばせる”ことのできる演奏家となると、滅多に居なくなくなってしまう。


だが、先日の日記(http://d.hatena.ne.jp/Bushdog/20051002#p1)に記したとおり、“滅多にない”ということは“必ず例外はある”ことの証左なわけで、斎藤氏を遊ばせることのできる数少ない(というかほとんど唯一の)例外がいる。それがバール・フィリップス氏だ。


この日の演奏は、斎藤氏がアルコで鋭いハーモニクスを弾く傍らでフィリップス氏が太くまろやかなピチカートでスタート。身体を大きく揺らしながら演奏に没入する斎藤氏と、ほぼ不動の姿勢(しかも肩の力抜けきった感じ)で悠然と音を出すバール氏。


斎藤氏はこの日はネックにウィンドチャイムを吊るしたり指板にものを挟んでプリペアしたり按摩笛を吹いたりすることなく、(斎藤氏にしては)ストレートなベース演奏に終始。


片方がアルコで高音域に行けば片方は低音域をピチカートで支え、片方が地鳴りのような低音のアルコを響かせれば片方は弦をマレットでビリンバウのように叩き、音の綾取りを繰り返すような、緻密なインタープレイの応酬。斎藤氏とフィリップス氏が顔を見合わせてアイコンタクトをとる頭上では、2頭のライオンが同じく顔を見合わせている。


斎藤氏のスキャットに応じて自らも歌いながら楽しげにベースを弾くフィリップス氏、その眼差しに慈父のような温もりを感じたのは俺だけか。


そんな1時間弱のコンサート。終演後、キャロサンプ野田氏のお隣にいたPAの方(お名前存じ上げないのです)が「いや、これは凄い!ちょっと凄いな!」と興奮した口調で話していたのが印象的だった。

Nik Bärtsch's Mobile+Body Garage

Nik Bärtsch氏(ニック・ベルチュと読むらしい)率いるバンド "Mobile"(モビレと読むらしい)と日本在住のスイス人の舞踏家(外人さんなんだけど暗黒舞踏をやるの)イムレ・トールマン氏の競演。


まずステージの馬鹿でかいマリンバにビックリ。通常のマリンバの低音部にバスマリンバがくっついてるの。ピアノでいうコンサートグランドみたいなもんなのかな。あとクラリネットのSha氏(シャ、でいいの?)は人の背より高いコントラバスクラリネットを使用。


ステージ暗転すると白塗りにウェディング・ドレスを纏ったトールマン氏が登場、開演。


"Mobile" の演奏なのだが、....これ、“インプロ”じゃなかったのね。かっちりと構成された、硬質なアンサンブル。おおまかに分けて、70〜80年代のECMやユーロ・ロックにあったような、ピアノとマリンバヴィブラフォンミニマル・ミュージック調のシーケンスを延々続ける上で他の楽器がアドリブソロを執る曲と、サスペンス/ホラー映画のサントラ風の曲の2パターン。.....ん〜〜。アンサンブルはタイトでこなれているし、皆さん達者な奏者だというのは良く分かるが、あんまり新鮮味は無い....。


ということで、演奏は“劇伴”だと思うことにして、ステージ上のトールマン氏に集中することに。


俺、外人さんの暗黒舞踏って初めて観たんだけど、やっぱ日本人の舞踏とは随分印象が違って観えるもんだねぇ。舞踏の人でも大駱駝艦の人たちなんかは凄く身体鍛えてるけど、そういうアジア人の鍛え上げた肉体とはやはり体つきが違う。骨格が違うもんな。肩・腰・大腿の骨が太くてデカくて長いの。肉体としては掛け値なく美しい。白塗りしてあるからまるでギリシャ彫刻みたいだ。


ただ、その肉体が舞踏家としての評価のうえでどうなのかは、ちょっと俺にはよく分かんないな。何しろそんなに舞踏とかダンスとか語れるほど観てないもんで(その割には偉そう?(^_^;))。


日本人の暗黒舞踏系の人って、頭大きくて手足と胴体が細くて、そういう肉体が白塗りにして踊ることで、胎児に見えたり死体に見えたり昆虫に見えたり良く分からないモノノケに見えたりと、強烈なイメージ喚起力を持ってるわけなんだろうけど、トールマン氏は良くも悪くもバレーダンサーのような肉体を持ってしまっているという印象。バレエの人の肉体ってどうしても、重力のくびきを逃れて飛翔する、という上向きのベクトルを持ってるじゃない?それに対して舞踏の踊りのベクトルって、下向き――地中に引きずり込まれるような――だもんな。


終盤、ウェディングドレスを脱ぎ捨てて口に咥えて、四這いになって振り回してみせたのは、ライオンみたいでかっちょ良かったけど。


会場には合田成男氏も来てたけど、Plan-Bの「舞踏夜話」でどう評価するんだろうか。


あと....。途中から学生服とセーラー服の女性ダンサー2人が出てきてカラクリ人形風にギクシャク動いたり床でケイレンしたりしたけど、きっとトールマン氏のお弟子さんだね。舞踏のスタジオ以外にも野口体操とかアレクサンダ一・テクニックとか教えてるみたいだし。....だが、ちょっとどうにも....。まるで、下北沢とか高田馬場とかの小さな小屋で“ニパフ”や“ダンスが観たい”を観たら、寺山修司の影響受けた学生さんが出てきてスベリまくりだったみたいな、目のやり場に困るような、居たたまれないような気まずさを感じてしまった....。ああいう出し方はいかがなものかと。


TFJ's Sidewalk Cafeの嶋田丈裕氏にも、当日のレビューあり:
http://www.kt.rim.or.jp/~tfj/index.html
http://www.kt.rim.or.jp/~tfj/talk/index.html#A1419