アレッサンドロ・ボセッティ+オードリー・チェン SOLO×SOLO


アレッサンドロ・ボセッティは、ソプラノサックスを使った先鋭的なフリー・インプロヴィゼーション演奏家という面とコンピュータを使って「言語」をコンセプトにした実験的なコンポジションを作る作曲家/パフォーマーという面の、2つの顔を持ったアーティストだ。俺はサックス奏者としてのボセッティを、ミシェル・ドネダとの共演CDで聴いているだけだったので、実験作のほうも聴いてみるか、と思って渋谷の UPLINK FACTORY に行ってみた。


http://www.uplink.co.jp/factory/log/001603.php
http://www.purple.dti.ne.jp/naya/contens/events.htm

イタリア生まれで、フィールド調査とインタビューを元にして音楽を作り出すユニークな試みで世界中を旅する音楽家、アレッサンドロ・ボセッティ。オードリー・チェンアメリカ・ボルティモアを拠点とするチェリスト/ヴォーカリストで、過激なパフォーマンスで知られるアーティスト。声と楽器双方に独特のアプローチをしかける二人それぞれのソロ・パフォーマンス。

まずはボセッティ氏。ヴォーカルマイク+プリアンプをPowerBookに繋いで:

  • ラップトップ+声によるパフォーマンス(曲目不詳)3曲
  • 「ハイチのクレオール語をコンセプトにした曲」(曲目不詳)
  • カナリア諸島の“口笛言語”をコンセプトにした曲」

最初は、マイクに向かって歌うとそれをトリガーにして楽器の音源(エレビ、サックスetc)がユニゾンで旋律を奏でたりサンプリングされたフレーズがオン・オフされたりする、という、数分から10分くらいの演奏が3曲。即興なのか事前にある程度曲として仕込んであるのかは不詳。曲調は、70年代のヴァージン・レーベルのヘンリー・カウ周辺のミュージシャンのソロアルバムにある実験トラックみたいな。ロバート・ワイアットとかアンソニー・ムーアとかジョン・グリーヴスとかピーター・ブレグヴァドとか。


続いて「こういうコンセプトの曲です」という説明のMCとともに、自分でフィールドレコーディングした音源を基にした曲2曲(演奏というよりは録音音源の再生だが)。「言語の発生と成立」をテーマにしているらしい。こちらはメロディらしきものは無く、ミュージック・コンクレート風というかサウンドコラージュというか、リュック・フェラーリの曲を髣髴とさせる。口笛言語ってのは1キロぐらい届くのでカナリア諸島では携帯電話が要らないらしい(ジョークだったのかどうかは不明)。口笛言語の曲(the whistling republicというのかな)は、穏やかな木管系の伴奏をベースに、呼び交わす口笛をサンプリングしたループが被さるという曲で、静かでアンビエントな雰囲気の、ブライアン・イーノのオブスキュア・シリーズにありそうな音楽。


参考:ボセッティ氏のサイトの説明文
solo (voice + laptop)
http://www.melgun.net/performsolo.html
the whistling republic
http://www.melgun.net/textsoundpieces.html


参考:Wikipwdiaより
クレオール言語
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%A8%80%E8%AA%9E
ハイチ語
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%81%E8%AA%9E
カナリア諸島
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%A2%E8%AB%B8%E5%B3%B6
《口笛言語》シルボに対する脳の反応 - ishilinguistさんという方の「一言語学徒のページ」
http://ling.exblog.jp/1519112/


音楽の種類としては俺の好みだし、聴いていて確かに気持ちいいっちゃあそうなんだけど....。今・ここで、俺に必要な音楽かっつうと、微妙な(笑)。


それに対してオードリー・チェン女史は、非常にアグレッシヴな、暴力的と形容してよいようなパフォーマンスだった。


チェロの脇には、自作の電子楽器。一種のノイズ発生器で、40×20×5センチくらいの細長い木箱(パソコンのキーボードぐらいの大きさ)に、数個のツマミと端に口径5センチくらいのスピーカーがついている。箱上面には、パチンコ台の釘みたいなピン状の端子が2列になって数十本並んでいて、それにワニ口クリップが挟んである。スピーカーの反対の端には、伸ばしてほぐしたスプリングか、台所用品のスチールウールみたいな金属製の螺旋状のワイヤー。どうやら簡易テルミンヘテロダイン式のラジオみたいなもので、スチール・ウール(?)がアンテナ、パチンコの釘(?)がパッチ・ケーブルのジャック代わりになっているようだった。出てくる音は、ピンクノイズのようなブザーのような安いテルミンのようなブーブービービーいう音で、会場内の微妙な静電容量の変化によって音が変わるらしく、自動演奏のように勝手に音が出たり消えたり音色が変わったりする。勝手に演奏する自動伴奏器みたいな使い方をしているようだった。


チェロは、4弦(C線)のチューニングを非常に低く(コントラバスの低音弦ぐらいまで)下げてある。当然、弦はベロンベロンに緩んでいて、たるんで指板に当たるくらいになっている。低音がほしいというよりはそのたるんだ弦を無理に弓奏することで発生するバズ(さわり・ビビリ)音を狙っているようだった。

  • アルコによる東欧・中東系の民族音楽を思わせるソロ。低音をドローンとして弾き続けながら高音弦を弾く
  • 緩めたC線を左手でベンド(エレキギターで言う“チョーキング”)しながら弾いて、エンジンやモーターのようなノイズを
  • モーター音のような低音にヴォイスを乗せていく。唇をブルブルと震わせながら発振器のような声を出す→即興のスキャット:ちょっとホーミーっぽい
  • 緩めたC線+高音弦のアルコによるメランコリックかつノイジーなソロ:齋藤徹氏のソロを髣髴させる
  • C線を大音量で激しく弾くことでほとんどハーシュ・ノイズのような音塊に。
  • その上に絶叫ヴォイス
  • 低音ドローン+ハミング
  • チェロを置いてノイズマシンをオン:古い壊れたラジオか、テルミンが故障して音が出っぱなしになってしまったような激しいノイズ
  • そのノイズをバックに、楽器の調律用の笛をハーモニカのように吹く。ノイズマシンからは、夕立の土砂降り雨の中、トタン屋根の下で雨宿りをしているような(笑)激しいノイズ
  • ノイズにあわせてヴォイス・パフォーマンス
  • チェロを抱え、しかし弦は弾かずに、背板をゴムのボールで擦って低音を出しながら、狂おしいヴォイスを。ノイズマシンからは爆撃機が急降下するような音。
  • 低音のドローン+開放弦を指で爪弾きながらのスキャット+息音
  • ノイズマシンが再び高音から低音まで下ってくるのに合わせてチェロのC線のノイズ。マシンの音が鳴り止んだところで終演。

いやこれは凄い。好き嫌いははっきり分かれるタイプだが(笑)俺は気に入った。


チェン女史のヴォイスは、サインホ・ナムチラックと吉田アミ嬢の中間に位置するような印象。「喉と口というノイズ発生器」としてのカラダ、みたいな。絶叫しても「女性の抑圧された情念を」みたいな(ダイアマンダ・ギャラスみたいなね)方向に行かないのはよい。


印象的だったのは、チェロを使っていても、ノイズマシンでビリビリブルブルという音を出していても、絶叫していても、それらはチェン女史の“表現”として一貫性のある“地続き”なものである、というところだった。音の感触としては、ヨーロッパのフリー・インプロヴィゼーションの音楽よりもむしろ、いわゆるハーシュ・ノイズ系の“ノイズ・ミュージック”に極めて近い。だから、オードリー・チェンさんは、アコースティック楽器と声を使うノイジャン、と捕らえたほうが的確なのかもしれない、と思った。


次の日は、上尾バーバー富士での、サックスの山内桂氏との競演。こちらはボセッティ氏はPCを使わずソプラノサックス1本の演奏だった。(続く)