レビュー 5/1 齋藤徹ソロ@上尾Barber富士


朝から仕事の段取りと根回しをこなし、定時になると同時にメールソフトの「本日は帰宅しました」という不在通知をオンにし、ダッシュでJRにたどり着き、高崎線に乗車。完璧の態勢。あとは上尾駅まで運んでもらうだけ。


....って、コレ快速じゃねえか。「止まって!上尾に止まって!ココで俺を降ろして!」という祈りもむなしく、鴻巣まで運ばれてしまい、結局遅刻してしまったのであった。馬鹿だ。数分だけどね。たまにいるんだよね、こういうお客さん。あと別方向の路線に乗っちゃうとか。Barber富士行くときはお気を付けを。


久しぶりに聴く齋藤氏のソロは約1時間、ノンストップ。はからずも、齋藤氏が本来持っている“うたごころ”を感じさせる展開になった。

  • アルコでブリッジ際を弾くことによる倍音奏法
  • 両手を同時に使ったピチカート:ちょうどチャップマン・スティックみたいな弾き方
  • 両手に弓を持ってアルコで弾く
  • 開放弦を左手ではじいて鳴らしながら、ブリッジの外側の弦やテイルピースを弓弾き
  • 楽器を床に横たえて:
    • 両手に弓を持って弓2本で弾く:1本でブリッジの内側、もう1本でブリッジの外側
    • テイルピースを弾く
    • マリンバのマレットでこする
    • マレットで弦をビリンバウのように叩く
  • 再び立てて
    • やはり弓2本で弾く
    • 木片を指板に挟み、箏の柱(じ)のように弦を持ち上げた状態にして弾く
    • その柱のようにした木片をスライドさせることによりチューニングや倍音の構成を変えて弾く
  • ハミングしながら楽器の胴やあちらこちらを叩く
  • プラスチックの板をピックのようにして弦を弾く・こする:ターンテーブルのスクラッチのような音
  • 弾きながら口笛を吹く
  • アルコで、ものうげでメランコリックな民族音楽風のメロディ(恐らくリディアン・スケールによる)
  • アルコで、韓国のパンソリのメロディ
  • 弾きながら、4弦(E弦)をどんどん緩めていって、重低音を響かす→音にならないまで下げ切って、終演。

齋藤氏のコントラバスはいろんな楽器に変身するが、この日“聴こえてきた”楽器は:

  • ブラジルのビリンバウ
  • 東欧の不可思議なパーカッション“ガルドン”
  • アフリカの親指ピアノ
  • お箏  etc

この日の齋藤氏の演奏は、中野富士見町Plan-Bでの今井和雄氏とのデュオ演奏でみせる、鬼神が憑依したかのごとき物狂おしい荒ぶる演奏ではなく、どこか内省的で静けさを感じさせるようなものだった。もちろん音量の大きい激しい演奏になるときもあるのだが、それは岩に当たって砕ける波頭のようなもので、じきに大きな波のうねりに回収されていく。


そして、この夜は齋藤氏の音楽の根本にある“うた”が浮かび上がってくるような瞬間が複数回訪れたのも、印象深かった。


その“うた”は、どこかメランコリックでダークな印象のメロディラインの断片として顕われる。陰旋法とか民俗音楽のスケールのような。ただし、よく言う“マイナー調の泣き”という印象ではない。ウェットではなく、乾いている。耳が切れそうな冬の空気のようにも感じられる。クラシックに例えるとシューベルトの歌曲「冬の旅」を思わせる(決して今年流行のモーツァルトではないねぇ・笑)。判別できたのは、齋藤氏の曲“Stone Out”の一部分、ピアソラか南米の音楽、韓国、琉球地方のそれぞれメロディやスケール。


演奏が進むにつれ、“うた”的な演奏と“ノイズ”的なアブストラクトな演奏が、せめぎあうでもなく、たゆたい交じり合って、大きな波を形作って動いていく。その様子はちょうど、空を流れていく雲をずっと見つめているようなものだった。時折り何かの形を成して見えるが、すぐに崩れ溶け去っていき、不定形の塊に戻る。不定形の塊がまた、別の何かの形に変わっていく、みたいな。


この日の演奏の“世界”は、サウンド的には齋藤氏と井野信義氏のデュオ作“SoNAISH”および“Bass Duet”が一番近い。5/1は齋藤氏一人だったけど。特に“SoNAISH”は、左チャンネルが齋藤氏、右チャンネルが井野氏と別れてるので、聞き比べると面白いし、片チャンだけにすればそれぞれソロになる(?)


このレビュー読んで興味が湧いたら、ぜひ聴いてみることをオススメ。



http://members.jcom.home.ne.jp/barberfuji/saitoh.html

http://www.japanimprov.com/cdshop/search.cgi?file=A.titles&strings=齋藤徹

近年、頻繁に共演を続ける齋藤徹と井野信義によるコントラバス・デュオなのだが、これはかなり異色で、それでいて素晴らしい内容のアルバムだ。1曲目の終始続く2本のコントラバス・ドローンは特に圧巻。音数の少ない2曲目といい、弱音の3曲目といい、「音響」という言葉が思い浮かぶ演奏。


最近のライブから - 齋藤氏のブログより
http://blog.tetsu-saitoh.com/?day=20060503

実はインプロのソロはほとんどやっていません。いろいろな理由があったのですが、今回はインプロだけでやってみようと言うことになりました。一時間のフリーインプロ。何をどうやったかほとんど覚えていません。


-TETSU SAITOH- 齋藤氏のHPとブログ。必見。
http://tetsu-saitoh.com/html/top.html
http://blog.tetsu-saitoh.com/
SoNAISH gut bass duo 齋藤氏と井野氏のブログ
http://sonaish.tetsu-saitoh.com/


【参考】
ブラジルのビリンバウの音は、例えば、ナナ・ヴァスコンセロスの演奏がオススメである。google:ナナ・ヴァスコンセロス


ガルドンは東欧の特異な楽器で、外見はチェロみたいな形をしているが、弦をスティックで叩いてリズムを刻むことだけに使われる“打楽器”である。ネックと指板は便宜的についているだけで、押さえて弾くことは考慮されていない。指板にはアール(弧)は付いていず、まっ平である。その音は、例えば、ハンガリーのトラッド・バンド、ムジカーシュの音楽で聴くことができる。google:Muzsikas


または、「ロバの音楽座」のCD絵本「ロバの音さがし」で聴くことが出来る。
http://www.roba-house.com/cd.html


ガルドンはこんな風に弾く(叩く)
http://www.muzsikas.hu/pict/2005-03-nht/nh-15.htm
http://www.muzsikas.hu/pict/2005-03-nht/nh-16.htm
http://www.muzsikas.hu/pict/2005-03-nht/nh-17.htm


非常に珍しい、ハンガリーのツィターとガルドンの職人さんのサイト。
http://www.zither.hu/index.html
http://www.zither.hu/eng/_hangszertip.html#


ちなみに、ムジカーシュで使われているコントラバスは、非常に古い型のガット弦+3弦の楽器である。
http://www.muzsikas.hu/pictsoly/solym40.htm