レビュー:2/20 From Between Trio@バーバー富士
- 中谷達也:ピッコロ・スネア、フロア・タム、ロート・タム、ドラ、シンバル、割れたシンバル、リン大小数種、スティック数種、ヴァイオリン?の弓
- ミシェル・ドネダ:ソプラノ/ソプラニーノ・サックス
- ジャック・ライト:アルト/ソプラノ・サックス
黒髪で長髪・ロック青年風の中谷達也氏、穏やかな学者風のジャック・ライト氏、猟師か頑固な農民風のミシェル・ドネダ氏。風貌や雰囲気的にもキャラの立った3人によるバンド(と呼んでいいんだよね)"From Between Trio" のライブ@上尾Barber富士は、近来稀な充実した演奏になった。
ジャック・ライトは終始椅子に座っての演奏。マウスピースを外してサックスのボディを直接吹いたり、ズボンの裾をまくってフクラハギにソプラノのカップを当ててミュート(命名:シシャモ奏法)したりする他は、ケレン味のないスタイル。力んだり肩に力の入ったところの全くない平明な演奏。どことなく晩年のスティーヴ・レイシーも連想した。
対するミシェル・ドネダは起立しての演奏で、技の総合商社(←死語)のように特殊奏法を繰り出す。マウスピースを外して尺八のような音を出すときは、明らかに海童(わだつみ)道祖などの日本の修験道尺八の影響を窺わせる。アンブシュアを様々に変えたり、サックス奏法では通常なら雑音として排除されるような音も(息音から唾が流れる音まで!)駆使して、時には電子音や発振器や、テクノでいう“グリッチ”のような音まで出せる。目の当たりにするとはっきり言って、アンビリーヴァボーである。とにかくサックスから出る音のすべてが“演奏”に昇華される、という印象だ。
この2人の対照的なサックス奏者に対する中谷氏は、昨年末のバーバー富士でのオードリー・チェンとの演奏よりも若干モノが増えているが、基本的に同様のセット。フロアタムやスネアに様々な物を乗せてドラムを共鳴箱として使用するのと、金物―シンバル、ドラ、リン(仏具の鐘)や民族楽器のベルを弓奏き。そして、“シンバル吹奏”奏法。シンバルの穴に口をつけて、トランペットやホルン類を吹く要領で、シンバルを“ラッパ”として鳴らす。3人で演奏してる時は“ブラス・トリオ”?
基本的に演奏の流れのイニシアティヴを(特に前半)握っていたのは中谷氏で、中谷氏の出す音が一段落するとともに自然に演奏に区切りが付き、結果数セットに分割されたようなかたちになった。演奏の概要は以下のとおり。
中谷
- 割れシンバルでスネアやフロア・タムを擦る:ターンテーブルのスクラッチ音や動物の鳴き声のような音など
- リンとドラを交えた演奏
- ドラを弓奏:ドラが大きいので深いリヴァーブの掛かった音が響く
- 針金でドラムを叩く・引っかく
ドネダ
- 息音の演奏:音デカっ! 今やドネダ氏は普通のサックスのブロウと同じ音量で息音で演奏できるようだ。
- 息の音:ジェット機の離着陸のように シンセでホワイトノイズにモジュレーションかけたように 多彩な表現
- ツバがしたたる時のジュルジュル言う音まで使って電子音風の演奏に
- 高音を吹きながらサックスを振り回す(命名:円月殺法奏法)。サックスの音にドップラー効果がかかって、スターウォーズのライトセイバー(ビームサーベル)のように「ヴゥウォンン!」と鳴るのである。1メートル前で聴いてると、まるで音で出来た刀で袈裟掛けに斬られるような気がする。
- リード外してじかにサックスを吹く:尺八っぽい音。虚無僧尺八の影響が濃厚。
ライト
- マウスピースなしで直接サックスを吹く: 演奏中、いつのまにかマウスピースが付いたり外れたりしている
- 重音奏法:ホーミーのように倍音部分が動く
- アルトからソプラノに持ち替え:
- 息音、高音でキーキーピーピー言う音など組み合わせた演奏
中谷
- リン両手に持って冬の手擦りのように擦り合わす:コリコリという音:三人、徐々に静かな演奏に
- シンバル吹き奏法:フロアタムに伏せたシンバルの穴を口で吹いてラッパのような音
- フロアタムを、右手にマレット、左手は素手:叩いたり擦ったりミュートしたり
ドネダ
- マウスピース外してサックスを斜めに構えて、ちょうどフルートのようにして吹く:息の吹き込み方を変えることで音色の変化をつけているようだ。
- 息音:ラジオのチューニングノイズのような音
中谷
- フロアタムを抱え上げて(!)吹く・叩く
- シンバルで静かに静かに弓奏
- しばらく休んでサックス2人の音を聴く
ドネダ
- マウスピース付けて、息音から“普通”の演奏へ。
- フリーキーな、いわゆる“フリー”っぽい演奏
ライト
- 高音のロングトーンをひたすら延ばす。
中谷
- 両手に民族音楽の小さなシンバルを持って鳴らす
サックスの2人と中谷氏のシンバルによる超高音の倍音が重なり合って音のモアレとなり、みっしりと店内を満たした後、何の合図もなく三人同時にピタッと音が止まった時には心底驚いた!「顔合わせセッションからバンドになった(野々村氏の評)」3人の、バンドだけが起こしうる“ミラクル”が顕れた瞬間だった。
ドネダ
- 馬のイナナキのような音
- 息音による強烈な演奏
ライト
- サックスで人がしゃべってるような音
- 鳥の鳴き声のようなトリル
- 低音域でブルブルいう音
中谷
- 割れシンバル
- 食器類?
- ドラ弓奏
ドネダ
- ソプラニーノに持ち替え
- ピンクノイズやアンプのハム音のような音
- テクノで言ういわゆる“グリッチ”のような音
- バード・コールのようなキチキチという超高音
- ブザーや電気カミソリのモーターのような音
- 超高速のトリル(ちょっとエヴァン・パーカーっぽい)
中谷
- ドラムのフープ(皮を張る枠の部分)を引っ掻き、叩く
- 弓2本を擦り合わせて、その音をフロアタムに共鳴させて聴かせる
- 鳥の羽(?)で叩く
- 両手を叩き、揉み手のように手を擦り合わせて音をたてる
- めずらしく普通(?)のドラム・ロールっぽい演奏
- 片手にスティック、片手は素手でドラムを叩く
ライト
- ケモノの唸り声のような音
- 強烈なタンギングによる奏法
中谷
- 弓を振って風を切る音を聴かせる
- 再びシンバル弓奏
ドネダ
ライト
- ソフトで静かな吹き方のロングトーン
中谷
- 徐々にリズムのある“普通”のドラミングに
ドネダ&ライト
- 中谷にあわせ、この日唯一の“リズムやグルーヴのある”アンサンブルに。
- 徐々に2人ともまた息音中心の演奏に戻る
中谷
- サックス2人の演奏を聴きながらしばし沈黙
- 各種スティック類でフロアタムのヘッドを擦ったり手で擦ったり
- イタリアの“イントナルモーリ”を思わせるような摩擦音系ノイズ
3人、お互いの間合いを計るようにして、終演。
これだけアブストラクトでノイジーな演奏に、心から感動するというのはどういうことなのか。俺の中でも未だに回答が出ていない。彼ら3人にとってこういう演奏が全く奇を衒ったものではなく、ごく自然に湧き出てくる演奏だからというのは間違いないのだが。彼らのような演奏に心底感動できるということが、俺にとっては音楽に残された最後の謎・神秘なのかもしれない。
あまりにも紋切り型な表現だが、こんな演奏になら、使うのも許されるだろう:音楽の神様が降りてきたような夜だった。